| 第二弾 040202  特許権持分確認等請求事件 : 中村教授 vs 日亜化学 From 東京地裁


当事者の主張:原告の再反論




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3 原告の再反論   

(1) 本件特許発明と被告現方法の対比について     

被告現方法は,本件特許発明の構成要件をすべて充足しており,その技術的範囲に属する。この点に関する主張は,別紙「被告現方法についての原告の主張」記載のとおりである。   

(2) 未完成発明の主張に対して     

ところで,被告は,ツーフロー方式のMOCVDにおいて,良質な窒素化合物半導体結晶膜を成長させるためには,反応ガスの流れを基板に平行な層流の状態に保つ必要があるとした上,本件特許発明においては,このような層流状態を実現するための必須の要件である,不活性ガスを供給する際の所定の圧力が開示されておらず,未完成発明というほかないと主張する。     

しかしながら,仮にこのような所定の不活性ガス(サブフローガス)圧力なるものを想定したとしても,@ 現実に供給される不活性ガスの圧力が所定の圧力より大きい場合には,ノズルから供給された反応ガスが基板に達する前に不活性ガスに跳ね返され,上方に舞い上がってしまい,また,A 現実に供給される不活性ガスの圧力が所定の圧力より小さい場合には,加熱された基板の上で,反応ガスが熱対流により上方に舞い上がろうとするのを十分に抑えることができず,いずれにしても,良質な窒素化合物系半導体の結晶膜を基板上に成長させることができない。これに対し,B 現実に供給される不活性ガスの圧力が所定の圧力に等しかった場合にだけ,同ガスが,熱対流により舞い上がろうとする反応ガスを,その浮力に対抗して基板に吹き付ける方向に方向を変更させ,結晶膜の安定した成長が実現できる。     

上記から分かるとおり,被告が主張する上記「所定の圧力」なる要件は,構成要件Dにいう「反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させて」の文言に既に取り込まれた内容のものにすぎない。したがって,上記「所定の圧力」なる要件の開示がないことを根拠に,本件特許発明が未完成発明であるとする被告の上記主張に,理由のないことは明らかといわなければならない。     

そもそも,前記で触れたとおり,MOCVD装置による半導体結晶膜の成長そのものが,非常に精密な技術であり,ほんの少しの実験条件の違いで結晶膜がうまく成長するかどうかが左右されるから,マニュアル等が添付された市販の装置を使ってですら,満足のいく質の結晶膜を得るための最適化条件を見つけるのに,数年程度の時間を要することが珍しくない。ましてや,原告の発明に係るツーフロー方式のMOCVD装置は,その心臓部である反応装置部分が全くオリジナルの装置であるから,仮にその最適化の過程をすべて記載したならば,膨大なページ数の明細書になるはずであり,そのようなことは現実には不可能である。被告の上記主張は,このような観点からも理由のないことが明らかである。     

上記のとおり,本件明細書には,その作用効果を奏するために必要な事項が漏れなく記載されており,本件特許発明には,被告が主張するような未完成発明あるいは記載不備などの瑕疵は存在しない。   

(3) 消滅時効について    

ア オリンパス光学事件最高裁判決の法理      

オリンパス光学事件最高裁判決においては,使用者会社の社内規定に基づき,従業員発明者に対し,出願補償金3000円,登録補償金8000円及び工業所有権収入取得時報償金(実績補償金)20万円の合計21万1000円が既に支払われていた事案において,最後に支払われた工業所有権収入取得時報償金の支払時期を消滅時効の起算点と解した上,裁判所が特許法35条4項に基づき算定した相当対価250万円から,上記21万1000円を差し引いた残額である228万9000円の支払を命じた1審判決及び2審判決の当否が問題となった。      

上記の事案につき,最高裁は,「職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。」と判示した。      

上記事案に照らして最高裁の判示するところを素直に読めば,オリンパス光学事件最高裁判決からは,@ 相当対価の額と異なり,相当対価の支払時期については,特許法は何ら定めるところがないので,使用者会社も従業員発明者も,勤務規則等に定められた支払時期に従うことになる。したがって,かかる定めは相当対価請求権を行使する上での法律上の障害となり,定められた支払時期が来るまで消滅時効は進行しない。

A 勤務規則等に定められた出願補償,登録補償及び実績補償の支払は,いずれも当然に相当対価の一部(又は全部)を構成するものであり,だからこそ,裁判所が算定した相当対価の総額から支払済みの出願補償,登録補償及び実績補償を控除した額の支払が命じられた。

B そうだとすると,これらのうち最後に支払時期の到来するものの支払時期が到来するまでは,法律上の障害の存在により,実体法上1つの請求権である相当対価請求権を行使できないことになるので,消滅時効についても,出願補償,登録補償及び実績補償ごとにそれぞれ時効が進行するのではなく,最後に支払時期の訪れたものの支払時期から,一括して時効が進行する(ちなみに,オリンパス光学事件の事実関係を検討 すると,同事件における出願補償金3000円は,提訴の約17年前に支払われており,個別に時効が進行するのであるならば,提訴の時点で既に消滅時効が完成している事案であった。)。以上のような法理が導き出されるというべきである。    

イ 本件へのあてはめ      

上記アを本件についてみるに,本件においては,被告社規に基づき,本件特許権の特許出願時である平成2年10月25日ころに出願補償金として1万円が,設定登録時である平成9年4月18日ころに登録補償金として1万円が,それぞれ支払われている。これらが相当対価の支払の一部であることは当然であるが(上記アA),従業員発明者である原告は同規定に拘束され,設定登録の成否が判明して登録補償金1万円が支払われるまでは,法律上の障害があるものとして,相当対価請求権を行使することができない(同@)。したがって,同請求権の消滅時効は,被告社規に定められた相当対価の支払のうち,最後に支払時期の訪れた登録補償金の支払時期(すなわち,平成9年4月18日ころ)から一括して進行する(同B)。      

相当対価請求権の消滅時効の時効期間は10年(民法167条1項)と解すべきものであるが,仮に万が一,時効期間を5年(商法522条)と解したとしても,上述したところによれば,本件においては,本訴提起時(平成13年8月23日)に消滅時効が完成していないことは明らかである。    

ウ 時効の中断      

被告は,本件における消滅時効の起算点は,特許を受ける権利の譲渡時であると主張するが,仮にそうであったとしても,本件においては,被告会社が原告に対し,登録補償金(社規によると「登録褒賞金」)1万円を支払ったことにより,消滅時効は中断している。以下,詳述する。      

特許法35条3項は,「従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利‥‥‥を承継させ‥‥‥たときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定する。この規定によれば,職務発明の相当対価請求権は,特許を受ける権利の承継(譲渡も当然含まれる。)と対価関係に立つ権利として,強行法規たる特許法35条3項に基づき,法律上当然に発生する権利であると解される。そうすると,特許を受ける権利の譲渡と,当該譲渡と同時に相当対価請求権が発生することは,不可分一体の関係にあることになり,したがって,特許を受ける権利の譲渡を認識し,これを承認することは,当該譲渡と不可分一体の関係にある相当対価請求権の存在を認識し,承認することと等価値というべきである。      

しかるに,本件においては,被告自身が,社規に基づき出願時及び登録時に支払われた補償金(褒賞金)が,特許を受ける権利が被告会社に譲渡されたことを前提に支払われる金員であることを繰り返し自認している。したがって,登録補償金の支払により,被告会社が本件特許を受ける権利を譲り受けたことを認識し,これを承認していたことは明らかである。そうすると,被告は,これと不可分一体の関係にある相当対価請求権の存在をも認識し,これを承認したことになるから,平成9年4月18日ころに被告会社から原告に登録補償金1万円が支払われたことによって,民法147条3号に基づき,本件特許発明の相当対価請求権の消滅時効は中断したというべきである。      

そもそも,消滅時効の制度根拠としては,@ 永続した事実状態に対する信頼を保護し,法律関係の安定を図る,A 永続した事実関係は真実の法律関係に合致する蓋然性が高いので,この事実関係を正当とみなすことで,証明の困難を救済する,B 権利の上に眠る者は保護に値しない,以上の3点を挙げるのが通説的理解であるところ,債務の承認がある場合には,債権者に債務の履行に対する期待が生じるから,直ちに権利を行使しない場合であっても,「権利の上に眠る者」とはいえなくなるし,真実の権利関係の存在が明らかになって,上記@〜Bの根拠がすべて失われることになる。したがって,債務の承認が時効の中断事由とされているのである。      

本件においても,出願補償金及び登録補償金が相当対価の一部である以上,被告会社が登録補償金1万円を支払ったことにより,相当対価請求権の存在が明らかになったということができる。よって,この支払が「債務の承認」(民法147条3号)に当たることは明らかである。    

エ 被告の主張に対する反論      

被告は,実績補償の規定が使用者のあげた利益を分配する性質を有するものとして,従業員発明者の保護に資するものであることを前提に,オリンパス光学事件最高裁判決は,出願補償及び登録補償のほかに実績補償の規定が存在した事案において,当該事案における実績補償の規定が特許法35条3項の趣旨に適う合理的なものであったことから,これを相当対価支払の一部と評価し,その支払時期をもって消滅時効の起算点としたものであると主張する。そして,本件においては,被告社規には出願補償及び登録補償の規定があるのみで,実績補償の規定が存在しないから,本件は上記判例と事案を異にするとして,このような場合には,従業者等保護の見地から,原則に戻って特許を受ける権利の譲渡時から相当対価請求権が行使可能と解すべきであるとし,したがって,消滅時効もこの時点から進行すると主張して,これに沿うY鑑定書(乙148)を提出する。      

しかしながら,従業者等の保護を強調し,使用者利益の分配的な要素の有無に着目するのであるならば,本件のように出願補償及び登録補償の規定しかない場合には,強行法規たる特許法35条3項の解釈として,当該特許発明の運用益が出て使用者利益の分配が現実化する時点まで,消滅時効の起算点を繰り下げるのが論理的な帰結のはずである。それにもかかわらず,このような場合に,なぜ消滅時効の起算点を繰り上げる解釈を採るのか疑問であり,被告の主張には矛盾があるというほかない。Y鑑定書は,実績補償がなく,出願補償及び登録補償の規定しかない場合には,社内規定に従っていても,定額の補償金を得られる可能性しかないのであるから,権利の譲渡時から相当対価請求権の行使を可能とみることが従業員発明者の保護に資するとする。しかし,特許を受ける権利の譲渡時においては,当該発明が首尾よく設定登録されて経済的価値を生み出すのか,それとも,出願公開によりノウハウとしての価値すら失った上で登録に失敗して経済的価値がゼロとなるのか,全くの未知数であって,この時点で権利譲渡の経済的価値を正確に算出することは,従業者等にとって限りなく不可能に近い。また,権利の譲 渡時においては,従業員発明者は使用者会社に雇用されているのであるから,自らを雇用する会社相手に相当対価を請求するのは,現実問題として困難である。従業員発明者からの相当対価請求が問題となった過去の裁判例のうち,1件を除いては,オリンパス光学事件を含むすべての事案が,従業員発明者が会社を退職した後に訴えを提起した事案であったという社会的事実が,そのことを明確に物語っている。特許を受ける権利の譲渡時に,従業員発明者が相当対価請求権を行使することが現実に可能であることを前提とするY鑑定書の立論は,机上の空論というべきものである。C大阪大学大学院法学研究科教授作成に係る「鑑定意見書」(甲173)及びK上智大学法学部教授作成に係る「意見書」(甲175)は,いずれも上記の点を指摘し,本件においても登録補償金の支払時期から消滅時効が進行すると解すべきであるとする。当を得た意見というべきである。      

上記のとおり,オリンパス光学事件最高裁判決に関する被告の上記主張は,失当である。



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 注: 本内容は 東京地裁 同判決速報 の転載の一部です。







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