| 第二弾 040202  特許権持分確認等請求事件 : 中村教授 vs 日亜化学 From 東京地裁


当裁判所の判断 2/2




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6 発明者の貢献度    

そこで,次に本件特許発明における発明者(原告)の貢献度を検討する。   

(1) 前記の前提となる事実(第二,三)記載の事実に証拠(原告本人,甲4,21〜23,51〜57,92〜96,104〜105,121)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。    

@ 昭和54年の原告の就職当時,被告会社は蛍光体等の製造販売を主たる業務とする会社であり,原告は,就職間もないころから約10年間,赤色LED等の原料となるGaメタルの精製,GaP及びGaAsの製造開発,さらには液相エピタキシャルによるGaAlAs結晶膜の成長に取り組み,半導体に関する基礎工業技術を身に付けた。これらの技術は,既に製品化され,市場が形成されていた赤外ないし赤色LEDの原材料を供給する事業に関するものであった。    

A 被告会社においては,当時,赤色LEDの原材料精製等に関する技術の蓄積が多少あったものの,青色LED開発に必要な技術の蓄積は全くなかった。したがって,被告会社としては,既に実用化されていた赤色LEDはともかくとして,青色LEDの開発を手がけることは,到底考えられない状況にあった。    

B そのような状況の下,原告は,次の研究開発のテーマとして,自ら青色LEDを選択し,被告会社の経営陣に働きかけて,青色LEDの半導体結晶膜を成長させる方法として,上記液相エピタキシャルと異なる有機金属気相成長法(MOCVD)を新たに学ぶため,被告会社の費用で米国フロリダ州立大学に約1年間留学した。    

C 当時,青色LEDは,夢の技術といわれ,世界中の大企業や研究機関がしのぎを削って研究開発に取り組んでいたが,20世紀中の開発は不可能とまで言われていた。青色LEDについては,そもそも半導体結晶膜の素材としてどの物質を選ぶかという点から各研究機関において模索中であり,セレン化亜鉛(ZeSe),炭化珪素(SiC)及び窒化ガリウム(GaN)等が研究対象とされていたが,世界の趨勢はZeSeを本命視する方向にあった。GaNについては,いわゆる格子整合性に難点があって,そもそも実用化に耐え得る結晶膜の成長が難しいとされており,当時,日本国内でこれに取り組む有力な研究グループとしては,名古屋大学名誉教授のA博士らが挙げられる程度であった。      

しかるに,原告は,上記留学を終える前後ころ,あえてGaNを素材に選択することを決意した。    

D 原告は,平成元年4月ころに留学から帰国した後,被告会社の費用(約1億3900万円)で購入した市販のMOCVD装置を用いて,GaN系半導体結晶膜の成長に取り組み始めた。      

しかし,MOCVD自体が非常に精密な技術であり,わずかな実験条件の違いで結晶膜の成長が左右され,満足のいく質の結晶膜を成長させるのは容易なことではなかった。     

そこで,原告は,製品化に耐え得る質の結晶膜を成長させるべく,自らガス配管や加熱器(ヒーター)を改造するなどの工夫をしながら,試行錯誤を重ねた。    

E この間,原告は,新入社員であったFやBを補助に付けてもらったほかは,独力で開発を進めていたものであるが,平成2年9月ころ,本件特許発明をした。   

(2) 上記の各事実に照らすと,被告会社には,赤色LEDの原材料精製等に関する技術の蓄積が多少あったものの,青色LED開発に必要な技術の蓄積は全くなかったところ,原告が,研究開発テーマとして青色LEDを選んだ上,その素材としてGaN系化合物を,さらにその結晶膜の成長法としてMOCVDをそれぞれ選択して,独力でMOCVD装置の改良を重ね,本件特許発明をするに至ったものということができる。     

他方,本件特許発明が発明される経緯において被告会社の行った具体的な貢献としては,原告の米国留学費用を負担したこと,市販MOCVD装置購入を含む3億円余の初期設備投資の費用(乙76の1〜17)を負担したこと,原告による青色LEDの研究開発期間中,実験研究開発コストを負担したこと,直ちに利益をもたらす見込みのつかない青色LEDの研究に没頭する原告に対し,結果として会社の実験施設等を自由に使用することを容認し,補助人員を提供したことなどが挙げられる。     

上記によれば,競業会社である豊田合成やクリー社が青色LEDの分野において先行する研究に基づく技術情報の蓄積や研究部門における豊富な人的スタッフを備えていたのに対して,被告会社においては青色LEDに関する技術情報の蓄積も,研究面において原告を指導ないし援助する人的スタッフもない状況にあったなか,原告は,独力で,全く独自の発想に基づいて本件特許発明を発明したということができる。本件は,当該分野における先行研究に基づいて高度な技術情報を蓄積し,人的にも物的にも豊富な陣容の研究部門を備えた大企業において,他の技術者の高度な知見ないし実験能力に基づく指導や援助に支えられて発明をしたような事例とは全く異なり,小企業の貧弱な研究環境の下で,従業員発明者が個人的能力と独創的な発想により,競業会社をはじめとする世界中の研究機関に先んじて,産業界待望の世界的発明をなしとげたという,職務発明としては全く稀有な事例である。このような本件の特殊事情にかんがみれば,本件特許発明について,発明者である原告の貢献度は,少なくとも50%を下回らないというべきである。   

(3) この点について,被告は,本件特許発明の直接のきっかけとなったMOCVD装置の購入は,被告会社の開発方針に基づくものであり,原告はその方針に従い米国に派遣されたにすぎないなどと主張する(第三,二2(1)エ)。     

しかしながら,MOCVD装置の購入を被告会社に働きかけたことをはじめ,一貫して原告が主体的に行動を選択し,その発意を被告会社が容認ないし追認する形で本件特許発明がされたことは,前記認定のとおりである。     

被告の主張するところは,原告の働きかけとは関係なく,被告会社が自ら青色LEDを研究開発する方針を立て,その方針に従って原告を米国に派遣したというものであるが,これを裏付けるに足りる客観的証拠は全く存在しない。かえって,前掲各証拠によれば,原告がGaN系半導体結晶膜の成長方法の開発に取り組んでいたさなかの平成2年3月末に,訴外松下電器産業株式会社のHの示唆から,被告会社の経営陣が,原告に対して携帯電話のHEMT(高速電子移動トランジスタ)用のGaAs(ガリウム砒素)の開発製造を命じたのに対し,原告が,当時被告会社に1台しかなかったMOCVD装置をGaAs結晶膜の成長に用いると,GaN結晶膜の成長方法の開発は断念せざるを得ないと考え,被告会社の指示に反してGaN結晶膜の成長方法の研究開発を続行した事実が認められるものであり,この事実に照らしても,被告の主張が採用できないことは明らかである。     

また,被告は,平成元年にMOCVD装置の購入に約1億3900万円を費やし,平成2年には1枚3万円強のサファイヤ基板を毎日のように費消する実験研究開発コストを負担したなど,当時の被告会社の規模(平成元年度の経常利益11億3000万円)からすれば莫大な投資をしたなどと被告会社の貢献度を強調するが,発明に対する使用者会社の貢献度とは,当該発明がされるに当たって人的物的面で客観的に寄与した内容により判断されるものであって,当該寄与が使用者会社の規模に照らしてどれほどの負担かといった,いわば使用者の主観的な側面が考慮されるものではない。 さらに,被告は,本件特許発明の特許出願後,設定登録に至る間に被告会社特許部が努力をしたことや,本件特許発明の事業化に原告が関与しなかったことなどを指摘するが,発明がされた後のこれらの事情は,そもそも使用者会社の貢献度として考慮される事情に当たらない(仮にこの点をおくとしても,本件特許権が設定登録され,特許異議に対して維持された経緯をみても,その手続における被告会社の対応は,出願人として通常の範囲の対応であるし,青色LEDが産業界において待望されていた技術であることに照らせば,本件特許発明の事業化は,いわば成功が保証されていたものであって,事業化に特段のリスク等が存在したものでもない。被告の主張は,この点からも失当である。)。

7 本件特許発明の職務発明についての相当対価

そうすると,本件特許を受ける権利の譲渡に対する相当対価の額(特許法35条4項)は,被告会社の独占の利益1208億6012万円(前記5において算定した実施料合計額)に発明者の貢献度50%を乗じた604億3006万円(ただし,1万円未満切り捨て)となる。      

1208億6012万(円)×0.5=604億3006万(円)  

8 消滅時効の主張について   

(1) 消滅時効の成否     

被告は,本件特許発明についての職務発明の相当対価請求権につき,消滅時効を援用して,相当対価請求権は既に時効消滅していると主張するので,この点につき検討する。     

職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合には,従業者は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利を使用者に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に使用者が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁(オリンパス光学事件最高裁判決)参照)。     

本件においては,前記5(1)において判示したとおり,本件特許発明の特許出願当時,被告会社においては被告社規10条及びこれを受けた社規第17号付則−1が置かれており,その規定によれば,従業員が職務発明をした場合には,特許については,特許出願1件につき1万円,特許登録1件につき1万円を基準として,特許委員会が,特許出願状況,権利取得状況,権利の内容を検討の上,その都度,褒賞金の金額を決定して支給するものと定められおり,原告も,被告会社から,本件特許発明を出願した平成2年10月25日ころに1万円,本件特許権が設定登録された平成9年4月18日ころに1万円の各支払を受けたものである。被告社規の規定する上記褒賞金が職務発明の対価の一部をなすものであることは明らかであり,したがって,被告社規とこれを受けた社規第17号付則−1の上記各規定は,勤務規則等に該当する被告社規において定められた,相当対価の支払時期に関する定めに該当する。そして,そこで定められた最終の支払時期は,少なくとも,いわゆる登録補償金の支払の要否が明らかになる特許権の設定登録時以降というべきである。     

そうすると,本件特許発明の対価請求権の消滅時効の起算点は,本件特許権が設定登録された平成9年4月18日以降というべきである。     

そして,職務発明の相当対価請求権は,特許法35条により従業者に認められた法定の権利であるから,消滅時効期間は10年と解すべきものである。     

本件においては,原告は,平成13年8月23日に訴訟を提起し(ただし,訴訟提起時における予備的請求(その2)の請求額は,20億円であった。),その後,上記予備的請求(その2)の請求額を,平成15年6月17日に提出された同日付け原告準備書面(28)により50億円に,同月19日に提出された同日付け原告準備書面(29)により100億円に拡張し,さらに同年9月19日に提出された同日付け原告準備書面(46)により200億円に拡張したものであるから,本件訴訟における原告の請求については,予備的請求(その1),予備的請求(その2)のいずれについても消滅時効が完成していない。   

(2) 被告の主張について     

この点について,被告は,被告社規においては,特許出願1件につき1万円,権利成立1件につき1万円と,定額かつ低廉な出願補償金及び登録補償金を定めるのみで,いわゆる実績補償の性質を有する金員の支払は一切定められていないから,本件においては,特許を受ける権利の承継時(遅くとも,特許出願の日である平成2年10月25日)から消滅時効が進行するものであり,消滅時効が完成していると主張する。     

しかしながら,出願補償金及び登録補償金のみを規定したものであったとしても,勤務規則等にその支払時期の定めがある場合には,従業者は,これに拘束されるものであるから,支払時期の到来まで相当対価請求権の行使につき法律上の障害があるものであり,支払時期が消滅時効の起算点となると解すべきである。この点について,勤務規則等にいわゆる実績補償に該当する対価の支払が規定されている場合と,そうでない場合とを区別する理由はない。     

被告は,勤務規則等において譲渡時における一括払い以外の支払方法が規定されている場合に,従業者が常にこれに拘束されるとすると,使用者が恣意的に支払時期を遅く設定した場合,相当対価請求権の行使可能時期が不当に遅くなり,従業者の保護を意図した特許法35条3項,4項の趣旨にもとる結果になると主張するが,対価の支払時期に関する勤務規則等の定めが著しく不合理で特許法35条の趣旨に反するような場合には,支払時期に関する条項を公序良俗違反として無効として従業者を救済することも可能である(そのような場合には,従業者保護の観点から対価の支払時期に関する勤務規則等の定めを無効とするのであるから,無効を主張することができるのは従業者の側のみであって,当該勤務規則等を自ら定めた使用者の側からその効力を否定して早期の消滅時効完成を主張することは,許されないというべきである。)。被告の主張は採用できない。     

なお,前記のとおり,被告社規10条及びこれを受けた社規第17号付則−1の規定上は,従業員が職務発明をした場合には,特許については,特許出願1件につき1万円,特許登録1件につき1万円を基準として,特許委員会が,特許出願状況,権利取得状況,権利の内容を検討の上,その都度,褒賞金の金額を決定して支給するものと定められているものであり,これによれば,特許委員会の決定があるまでは,褒賞金の支給額は定まっておらず,その支給時期も到来していない。そうすると,上記社規の実際の運用としては,被告会社の組織として特許委員会は置かれておらず,特許出願時及び特許登録時に従業員発明者に各1万円が支払われていたもので,原告も,被告会社から,本件特許発明を出願した平成2年10月25日ころに1万円,本件特許権が設定登録された平成9年4月18日ころに1万円の各支払を受けたものであるが,規定上は,原告は,本件特許権の設定登録時である平成9年4月18日ころに1万円の支払を受けるまでは,被告から支給される褒賞金の金額及びその支給時期を知らないわけであり,この点からすれば,本件においては,相当対価請求権の消滅時効は,原告が登録補償金として1万 円の支払を受けた時から進行するものと解するのが相当である。 上記のとおり,消滅時効の完成をいう被告の主張は,理由がない。  

9 予備的請求(その1)について    

原告は,予備的請求(その1)において,職務発明の相当対価請求権を定めた特許法35条3項に基づき本件特許権の一部(共有持分)の移転登録を求めるとしている。    

しかしながら,特許法35条3項は「相当の対価」と規定しているところ,「対価」とは譲渡の目的物とは別個のものを反対給付することを意味するものである。特許権は,特許を受ける権利がその目的を達して変容したものであり,実質上両者は同一と評価されるものであるから,特許を受ける権利を譲渡した対価として特許権の一部を移転するということは,譲渡の目的物の一部を対価として支払うということになり,文言上背理となる。また,特許法35条は,使用者が特許を受ける権利又は特許権の全部を使用者に承継させることを予定した規定というべきである。すなわち,特許が従業者と共有となる場合には,使用者は,従業者の同意を得なければ専用実施権の設定や通常実施権の許諾をすることができず,また,従業者は使用者の同意を得ないで特許発明の実施をすることができることになるから(特許法73条参照),使用者は特許発明を独占的に実施することができないことになるが,特許法35条の規定が職務発明についてこのような結果を予定しているとは到底解することはできない。したがって,特許法35条に基づき本件特許権の一部(共有持分)の移転登録を求めるという点は,失当である。    

また,原告の本件特許権の一部(共有持分)の移転登録請求が代物弁済として金員に代わって本件特許権の一部(共有持分)の譲渡を求める趣旨であるとしても,債権者が,債務者の同意なしに,一方的に代物弁済として特定の財物の給付を求めることは許されないから,いずれにしても,本件特許権の一部(共有持分)の移転登録請求は,失当である。 上記のとおり,原告の予備的請求(その1)は,理由がない。



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 注: 本内容は 東京地裁 同判決速報 の転載の一部です。







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