石毛 雅美 20081020


時空を越えたロマンを求め続けて

随 筆




    
いつでもどこでも受けられる授業とは

 仕事で英語を使う機会が増えそうだったので、私は英会話スクールの門を叩いてみることにした。クラスルームに入ると、イタリア、中国、日本からの生徒がもう入室していて、私はちょっと感激する。先生は「今、南アフリカにいます。よろしくね」と自己紹介。私も挨拶をした。ホワイトボードに今日のダイアログが広げられ、生徒は一斉に手を挙げた。

 奇妙に聞こええるかもしれないが、これが私の参加するオンライン英会話スクールの授業風景である。生徒はそれぞれの国にいるオンラインのクラスメイトで、全員がヘッドセットと呼ばれるイヤホンマイクを利用して自宅から受講している。南アフリカに住む教師に質問があるときには挙手をし、上手な発表をした生徒には拍手をし、笑いもする。チャットを通して文字で会話もする。

 24時間自分が受けたいときにいつでも受けられる授業を終え、私はふと、ある場所に住む子供達のことを思い出した。 

    
遠隔教育のさきかけとなるスクール・オブ・ジ・エア

 2000年、日本語教師インターンとしてオーストラリアに滞在した私は、かねてから興味を持っていた「スクール・オブ・ジ・エア」(The School of the Air and remote learning)のスタジオを、アリススプリングス(地図参照)という内陸地の街で見学させてもらったことがある(注1)。

 スクール・オブ・ジ・エアは、広大なオーストラリアの遠隔地などに住む子供達へ教育実施するシステムである。1950年代、遠隔地の子供達は、親元を遠く離れて寮生活を送るか、教師やクラスメイトとのコミュニケーションもないまま、郵便で勉強を修了しなければならなかった。郵便が遅れればそのまま授業も遅れてしまう。

 そこで、飛行機やラジオで内陸地医療を実施していた「ロイヤル・フライング・ドクター・サービス」のラジオ機器を教育に活用することで、スクール・オブ・ジ・エアは始まった。今年で58年目を迎えるこのシステムは「遠隔教育」のさきがけといってよい(注2)。

 私がスクールを訪れた際、授業はラジオを中心に実施されており、双方向式のラジオによるスタジオからの先生の呼びかけに、どれほど遠くにいるのかわからないが、生徒の声も聞こえてきた。しかし、ラジオではその表情まではわからない。年に数回開かれる学校行事だけが、普段音声だけの交流をしていた両者の顔合わせが可能となる数少ない機会なのである。その頃私は、教師として生徒達の顔を毎日見ていたため、教育を届けたい想いと勉強したいという熱意が、か細い線でやっとつながれているようなその姿に、なにか涙ぐみたいような気持ちになった。 

    
進化が続く遠隔教育の今日

 設立当初のペダル発電式のラジオに比べると、双方向式のHigh Frequency(HF)ラジオも優秀だったかもしれないが、現在のスクール・オブ・ジ・エアはというと、デジタル化が飛躍的に進み、双方向のブロードバンド衛星ネットワークによって授業が送受信されているという。教師はビデオカメラと電子ホワイトボードを使用し、生徒はコンピューターに添えつけられたWebカメラで、リアルタイムで授業に参加しており、生徒間のコミュニケーションも可能となっている。

 パラボラアンテナとコンピューターのお陰で、ノーザンテリトリーからニューサウスウェールズまで、遠隔地にある農場や家庭、学校、アボリジニーの居住地などを含む547のエリアをカバーすることが可能となった。2005年の段階で16のスクールが設立され、これらのサービスがカバーする領域は150万平方キロメートルの広さだという。

 さらに、遠隔地の子供だけでなく、オーストラリア中を移動して生活する子供や、病気やその他の理由で学校へ通えない子供、高等学校教育や大人の生涯教育などにも対応しており、「どこに住んでいても自分の教育を修了できる環境」が整っている。まさに、教育インフラ整備の意義が実感されるひとコマである。 

通信教育からeラーニングへと変身させたITのパワー

 日本においても、どこにいても自分の教育を修了できる「通信教育」は昔からあるが、通信教育というと、家庭の主婦や高齢者などが自分の趣味や教養のためにカルチャーセンターなどで学ぶ、というイメージが強かった。しかし、経済社会の急激な変化にともなって知識の陳腐化が早まっている近況や、雇用不安から自己投資を行うケース、また少子化と成人比率の上昇、団塊世代の大量退職などによって、教養に時間と費用をかける層が拡大しており、またこうした生涯学習への熱意が現在の日本の通信教育を拡大させている。

 言うまでもなく、この生涯学習への熱意を強く後押ししているのが20世紀に始まったIT革命である。2001年のe−Japan戦略を皮切りに、矢継ぎ早に政府によるIT政策が進められ、ブロードバンド回線や動画利用は急速に拡大した。これにともないインターネット利用人口も増加の途をたどり、現在では全ての年齢層に広がっている。インフラ改善とともにeラーニングのコンテンツが拡充し利便性も向上したため、そのニーズは飛躍的に拡大した。政府や自治体もインターネットを使った生涯学習の情報提供体制を整備しており、独立法人化した大学や、その他教育サービス企業も、継続的な成長が見込める生涯学習市場の獲得に向け、eラーニングによる講座提供を活発化させている。

 中でも、私が特に強い印象を受けたのは、全ての講義をインターネット授業で行う「サイバー大学」や、一部をインターネット授業で行う通信過程のみの「八洲学園大学」、アートを学ぶ通信教育(Boston School of Music)の出現である。これまでの通信教育だけでは考えにくかった大学卒業資格やアートに関し、どこからでも自分の教育を修了できる門戸が開かれたことは意義深いと思われる。また、eラーニングベンダーの多くが提供するIT技術系講座以外にも、公認会計士や中小企業診断士などのビジネス系、危険物取扱主任者やガス主任技術者などの技術系の資格など、eラーニングの学習内容は多様化が進んでいる。財団法人日本サッカー協会(JFA)が、2007年12月からサッカー審判員資格の更新に関する講習をeラーニングにて提供しているのも非常にユニークである(注3)。 



距離を越えたしくみと技術のロマンは無限

 eラーニングは、書籍や対面型学習と比較しても相対的に安価である場合が多く、学習内容の選択の幅も広がっていることから、これからも市場は活発化すると思われる。一方で「モチベーションの維持が困難」というデメリットも挙げられているが、これについてはコンテンツ制作の工夫や、先生や生徒同士のコミュニケーション環境の整備など、ベンダーによる努力は継続されており、今後の改善が期待される。個人的には、英会話スクールで「海外にクラスメイトができた」と感激したように、オンラインならではの面白みは皆無ではないと感じており、付加価値追求型のプロモーションも予想されるところである。

 更に、2006年より政府が掲げるu−Japan戦略により、これまでの有線中心のインフラ整備から、有線・無線の区別のないシームレスなユビキタス(注4)ネットワーク環境への移行も進められている。生活の隅々までInformation and Communication Technology (ICT)が溶け込むことで、今後の教育インフラがどのような変革を遂げるのかに大いに期待したい。

 一方、サイバー大学で、本人確認が不十分なまま単位取得を試みたという「なりすまし問題」が一時話題に上ったこともあった。あらゆる詳細な情報がコンピューターで把握されるユビキタス社会の実現で、このような問題が如何に解消されるかについては現段階では見えにくいが、根本的に、受講者側の前向きに学びたいという姿勢なくしては、遠隔教育は展開しにくい要素があるのかもしれない。「学びたい」という切実な思いによって結ばれていた、オーストラリアの遠隔地に住む生徒や先生達の努力が思い出される。

 学びの姿勢を支援する、距離を越えたしくみと技術の恩恵。今、私達は時空を超え、もう1人の「スクール・オブ・ジ・エア」の生徒となっている。 


注記

注1 アリススプリングス・スクール・オブ・ジ・エアに関しては、下記サイトを参照。
http://www.assoa.nt.edu.au/index.html

注2 スクール・オブ・ジ・エアの始まりや全体像などより詳細な情報に関心をもたれる方は下記参照。http://www.cultureandrecreation.gov.au/articles/schoolofair/

注3 ご関心のを持たれる方は、サイバー大学 http://www.cyber-u.ac.jp/ 、八洲学園大学
http://yashima.study.jp/univ/ 、Boston School of Music http://www.e-musicschool.com/ 、JFA http://www.jfa.or.jp/family/referee/news/0710_index.htmlを参照されたい。なお、eラーニングを論述している文献例として、大嶋淳俊「生涯学習時代のIT支援型セルフラーニング」シンクタンクレポート(季刊)2008 vol.1参照。http://www.murc.jp/report/quarterly/200801/182.pdf

注4 拙稿では主要な論点になっていないが、「ユビキタスの概念、ユビキタスを支える技術、ユビキタス社会の利点と問題点」について分かりやすい説明されている文献の一例として、http://secondlife.yahoo.co.jp/business/special/060621/index.html 参照。

    

筆者は技術経営創研 マッチング部 国際産官学連携支援チーム