佐藤 暢 20041115

富士山に思う
 
〜気象観測の無人化に関する3つの驚き(私見)〜
 
関東平野から望む富士山
関東某所より富士山を望む(撮影:筆者)



    
気象観測の重要拠点として、災害監視等に大きな役割を果たしてきた富士山

 筆者は東京都に隣接する埼玉県某市に住んでいる。天気の良い朝には、マンションのベランダから富士山を望むことができる。富士山を見ると少年時代を思い出す。当時、筆者は東京都内に住んでいたが、家の近所にある坂道を下りながら、夏には青い富士を、冬には白い富士を眺めて登校していたものである。

 富士山で初めて気象観測が行われたのは明治13年(1880年)という。以降、昭和7年(1932年)に常駐の気象観測所が設置されるなど、日本上空の高層気象を安定して観測できる拠点として重要な役割を果たしてきた(富士山測候所)。観測開始当時の苦労について、ここで改めて取り上げる必要はないと思うが、とくに台風監視の気象レーダー設立の難工事については、新田次郎の小説「富士山頂」や、石原裕次郎主演の同名映画で有名である。NHK「プロジェクトX」の第一回放送は、まさにこの話であった(2000年3月28日放送「巨大台風から日本を守れ 〜富士山頂・男たちは命をかけた〜」)。



    
富士山測候所の無人化:「影響はない」という気象庁の判断

「台風の砦」富士山測候所
かつて「台風の砦」とも言われた富士山測候所
(毎日新聞社ホームページより)


 その富士山の測候所が、2004年10月1日をもって無人化された。この日の主要新聞各紙の朝刊や、NHKの朝のニュース(首都圏版)でも取り上げられたことから、ご存じの読者も多いと思う(例:毎日新聞)。しかしその一方で、無人化されるまで何も知らされず、聞かされていなかったという印象もあるのではなかろうか。

 富士山の無人化について、気象庁からの発表があったのはその一年前、2003年10月24日である(報道発表資料)。当時、報道記事として大きく取り上げられることは少なかった。気象庁では、業務態勢の見直しから、測候所の自動化・無人化をかなり前から進めていたが、とくに富士山については「高層観測手段の充実や自動観測技術が進展したことから、職員の常駐が無くても必要な観測を自動で実施可能」という判断である。



    
富士山の無人化計画に関する、個人的な3つの驚き

 筆者がこの問題をはっきりと認識したのは、2004年2月に東京で開催された統合地球観測戦略(IGOS)の世界会議に参加したときのことであった(主催:宇宙航空研究開発機構、後援:文部科学省)。このとき、大気化学テーマ分科会(議長:小川利紘・東京大学名誉教授、宇宙航空研究開発機構 技術参与)において、土器屋由紀子教授(江戸川大学)の講演を拝聴し(講演資料)、筆者は3つの衝撃を受けた。

【驚きの1:気象観測要素が大幅に削減されても「影響ない」のか?】

 1つめは、富士山測候所が無人化されることそのものである。今回の無人化により、これまで観測を続けてきた、天気や風向・風速、積雪といった、人間の手と目が必要である観測が打ち切られる。記録の蓄積が途絶えるだけでなく、今後の予報精度にも影響するのではないかという声もある。関連業務に携わったことのある筆者もそれが気がかりである。ちなみに、無人化後の観測は、自動観測装置による気温・湿度・気圧の測定のみである。

【驚きの2:富士山でも、地球環境問題に関係する大気観測が実施されていた】

 2つめは、この富士山では1990年頃から、気象観測とは別に、大気化学の観測が行われてきたことである。富士山は「自由対流圏」に突き出ているため、航空機ではなく大地に足をつけて高層気象観測ができる、世界にもほとんど例のない好環境を備えた観測地点である。近年、産業発展の著しいアジア地域では大気汚染が問題になっているが、その影響は、アジア大陸の風下に当たる日本列島や太平洋地域にまで及んでいる。このような地球規模の環境問題に取り組むためには、観測事実等から得られた科学的知見を具体的な行政政策に活かす「科学から政策への翻訳」が求められており、国際的な枠組みからも重要視されている(たとえば国連環境計画のABCレポート)。オゾンや一酸化炭素・二酸化炭素・二酸化硫黄など大気化学成分の観測を通じ、地球規模の物質循環を明らかにする上で、富士山を活用するメリットは大きいという。

【驚きの3:国際的に意義の大きい大気観測が「ボランティア」で継続されていた】

 3つめは、上記の大気化学観測が、気象観測員の「ボランティア」として行われてきたことである。富士山測候所の勤務は4人一組で行われ、3週間ごとに人員が交代する。彼らが本業である気象観測の合間を縫って、大気化学の観測を地道に遂行してきたのである。むろん、詳細な分析などは気象研究所や大学などの研究機関で実施されるのであろうが、これらの観測が「公務員のボランティア」として継続されて来た事実は、筆者にとっては大きな驚きであると同時に、さまざまな意味で問題があるように感じられた。



    
気象学や地球環境学を学んだことのある者としての率直な感想

航空機から望む富士山
航空機から望む富士山(撮影:筆者)


 まず、この観測事業に対して必要な予算や人員がほとんどあてがわれなかったことである。じっさい、気象庁は予算取りが上手ではないと言われる(たとえば「財界展望」(財界展望新社)1994年1月号「巨大組織の影響力 気象庁」を参照)。大気汚染やオゾン観測といった予算は、環境省(旧環境庁)や文部科学省(旧科学技術庁)との取り合いになり、どうも気象庁の分が悪いらしい。

 また、観測の意義をうったえ、地球環境への問題を社会に提起できるような研究成果が出ているのに、それが一般社会にはほとんど知らされていないようであり、残念である。これについて、筆者は全面的に論じうる立場に居るものではないが、「10年以上も観測を続け、成果の蓄積もありながら、ほとんど世間で日の目を見なかったのはなぜだろう」というのが、大学で気象学や地球環境学を学んだ立場としての率直な思いである。

 余談になるが、航空機による大気観測の事例としては、日航グループによる「大気観測プロジェクト」がある。これは、民間定期航空便を利用した大気観測としては世界に先駆けて日本が1993年から開始したものである。収集した大気の分析等は気象研究所がおこない、その研究成果は世界的にも評価されてきた。しかしながら、予算面や体制面の制約等もあり、現在では後発の欧米の観測プロジェクトと比べると遅れを取っている。この観測プロジェクトは、2006年度頃の機体の退役をもって終了する方向である。なお、文部科学省の科学技術振興調整費にもとづき、新しい大気観測計画が2003年から進行している。これは、日航グループを中心とした産学官連携の新しい枠組みによって、2006年度の観測開始を目指した準備・検討が進められているものであり、観測要素・観測頻度・観測範囲など多くの面で、従来の計画を上回る観測プロジェクトになると伺っている。



    
有人施設としての富士山の利用可能性に向けた取り組み

夕日をバックに望む富士山
夕日を背景にした富士山(撮影:筆者)


 それはともかくとして、いま、土器屋教授を中心とするグループ「富士山高所科学研究会」が、「富士山測候所の跡地利用に関するアピール」を展開しているところである。最近では、文部科学省の科研費や、環境省の地球環境研究総合推進費などへの応募も積極的におこなっていると聞いた。いずれは定常的な予算がつくことを期待したいが、それと併せ、「なぜ富士山なのか」「なぜ大気化学観測なのか」といった問題に対して、一般社会にアピールしていくことも必要ではないかと思う。

 上記の研究会では、富士山測候所の跡地有効利用について、総合的な科学教育施設としての利用を訴えている。すなわち、大気化学の観測だけでなく、高山病を防ぐ高所順応訓練や天文学、衛星通信、先端材料の試験や開発、教育文化など、幅広い分野での活用を提唱している。また、冒頭で紹介した統合地球観測戦略(IGOS)の世界会議では、その報告書の中で、「富士山頂観測所の維持」を勧告した。国際的な枠組みからの後押しに支えられながら、このような横断的・学際的な取り組みが実を結ぶことを、一私人として陰ながら期待しているところである。敢えて付言するならば、教育・研究分野の関係者のみならず、行政や民間企業も巻き込んでの、まさに産学官の取り組みとして発展していけばと思い、微力ながら筆者も、上記アピールへの賛同者リストに名を連ねさせていただいている。

 無人化された富士山測候所の自動観測装置にトラブルが発生したことが、本年1月になって明らかにされた(1月5日付、共同通信)。11月中旬から、観測データの一部が送信されない状態であるという。「無人化されると機器障害時に迅速な復旧対応ができなくなる」という声は、庁内からも強くあったらしいが、気象庁としては「予備機もあるので冬季の修理は考えていない」そうだ。万一、予備機も故障すれば、昭和7年(1932年)以来、70年余りに及ぶ気象観測が完全に途絶えることになる。観測データの一部が送信されない状態が、どのような影響をもたらすのか、あるいは、予備機の性能の確実性等について、専門知識を有する立場ではないため、必ずしも適切なコメントにならないかもしれないが、無人化の是非について再度アピールするには、いまこそ好機ではないかと思うのだが、いかがであろうか。