石毛雅美 20101220




    
新しい商標と世界の動き

 今年11月、乳酸菌飲料の「ヤクルト」の容器の形状が立体商標として認められて話題となったことは記憶に新しい。ヤクルト容器は、2008年に日本で初めて登録が認められた「コカ・コーラ」の瓶に続く、ロゴマークのない無地容器の立体商標の2例目として、ニュース等でも数多く取り上げられた。




図1 (左)ヤクルト容器、(右)コカ・コーラのボトル


 近年、このような「新しいタイプの商標」をめぐっての動きは活発化しているようである。新しいタイプの商標とは、文字や図形または記号からなる従来の商標以外の商標のことで、具体的には、色彩、位置、動き、ホログラム、トレードドレス、音、香り、触覚、味等が挙げられる。これらは商標の定義上、日本では登録の対象として認められていなかった(ヤクルトの例のような立体商標も新しいタイプの商標に含まれると考えられるが、先に述べたように既に日本でも登録が進んでおり、上記の新商標としては含めない)。

 情報通信関連技術の向上と世界的な普及に伴い、近年、文字と図形または記号からなる従来の商標に加えて、動きや音等を利用した新しいタイプの商標が、企業における販売・広告活動によって多く用いられるようになった(例えば、テレビCMやウェブサイト上で、商品や広告塔といった視覚的に認識できる図形等が動いて見えるもの等が思い浮かべられる)。また、欧米諸国等においては既にこのような新商標が商標法による保護の対象とされており、さらに、商標出願手続の簡素化・国際調和を目的とする「商標法に関するシンガポール条約」においても適用対象として取り上げられたという。その他、韓国や中国等アジア太平洋地域においても、新商標を保護対象とする国、保護対象を広げるべく検討する国が増えつつある。


表1 主な国等における新商標の出願・登録の動向(特許庁 特許行政年次報告書2008年版)



 このように、新しいタイプの商標保護制度の整備は国際的な動きとなっているといえるが、日本においては現在のところ、保護の対象となっていない。

    
日本における検討状況は

   しかし2008年、このような流れを踏まえ、わが国でも特許庁より、これらの新しいタイプの商標の導入の検討を始めることが発表された。具体的には、2008年7月28日から、産業構造審議会・商標制度小委員会「新しいタイプの商標に関する検討ワーキンググループ」による検討が開始され、2009年には検討報告書案が公表され、意見募集が実施された。

 私たちの生活の中にごく身近にあるものの、これまで知的財産として認識をされてこなかった新しいタイプの商標(色彩、位置、動き、ホログラム、トレードドレス、音、香り、触覚、味)であるが、それらに商標権が与えられることを考えてみると、ビジネスの観点からも、これまで見落としていた輪郭が立ち現れるように興味深く感じられる。 その一方、知的財産権は「登録」「管理」という形式から切り離せない以上、例えば香りや味など、目で確認できない特性を持つものの登録については、日本ではどのように考えていくのであろうか、という疑問も浮上してくる。

 前述の2009年の検討報告書案においても、新商標に関する基本的な考え方として、「需要者等が商標の構成及び態様を明確かつ正確に認識できるよう特定できるか」「特許庁における商標の保存、公開等が技術上可能か」という点に留意が必要、とされている。この観点から、国際的に保護されている前述の新しいタイプの商標のうち、「動き」「ホログラム」「輪郭のない色彩」「位置」「音」については、願書の記載の仕方や電子ファイルの提出によって明確に特定できるが、「香り・におい」「触感」「味」「トレードドレス」については、権利範囲の明確な特定が困難であることを理由に、商標法の保護対象に追加するのは困難であるとされた。





 ちなみに、検討開始が発表された2008年当初は、その2年後にあたる今年2010年に「商標法改正案を提出することを目指す」とされていたが、現在までに公表されている動きは、2009年に公表された検討報告書案に対する意見募集までとなっている模様であり、新商標の保護制度に対する検討は容易でないことが分かる。

 また、新商標を保護するにあたって、権利範囲の明確な特定可能性は必須である。「動き」「ホログラム」のような視認可能商標と「音」の商標については、海外事例を見ても比較的ニーズや登録事例もあり、権利範囲の特定に関し技術的に対応が可能と認められるが、これに対し、「香り」「味」「触覚」の新商標については、ニーズや登録事例が少ないことに加え、なお解決されるべき技術的課題が少なくない。新商標の保護制度には更に検討の余地があり、日本において今後どのように結論付けられていくものか、産業界や各国の動向も含め、今後の法改正が注目されよう。
    


「香り」を例に思うこと

   ちなみに、上記の新商標の中で、筆者が個人的に、強く関心を持っているものは「香り」である。筆者は元来、香りや臭いに過敏な体質で、これまでに何度も、誰も気づかないようなガス漏れや炊飯器の故障等を臭いで言い当てては、周囲を驚かせてきた。排気ガス等にも過敏に反応してしまい、筆者が慌てる横で平然と過ごしている周囲の知人を時に羨ましく思うが、いずれにせよ言葉で香りを表現したり、臭いの強さを理解しあうことは簡単なことではなかった。「香り・臭いとは、かくも個人の感覚に左右されるものなのだな」と日ごろから痛感している。

 香りの商標についての登録例を挙げると、例えば米国では、以下のような文字による記述により、香りの商標を登録することができるという。




 これは、縫い糸および刺繍糸に対する、「プルメリアの花を連想させるフレッシュ・フローラルの香り」の商標である。

 世界知的所有権機関(WIPO)の商標・意匠・地理的表示の法律に関する常設委員会(SCT)においては、新しいタイプの商標の特定方法について、各国に共通する考え方が取りまとめられているとのことであるが、新商標権を保護している欧州の主要諸外国においても、例えば香りの商標について、言葉による表現や化学式等では明確に表現できないとする判例を踏まえ、現在では香りを写実的に表現して商標として登録することはほぼ不可能とする、といった議論があるようである。専門的な議論の内容はさておき、一般的な感覚としては非常に納得させられる。もちろん、「味」「触覚」についても全く同様に感じるところである。

 これらを客観的に表現し登録するしくみ、あるいは詳細な測定器などの技術が将来的に見出され、それを踏まえた上で日本でも新商標として認められるような日がいつしか訪れるのであろうか。ネットワークやコンピュータ等の進歩に伴い、仮想現実空間のリアリティも増している現在、人々の現実感覚に訴える要素として、「香り」「味」「触覚」なども重要視されており、研究も進められている。一方で、これらがあたりまえに普及してくると、「香り」が商品等を特定できる要素として認知されるようになり、「商標」で管理するニーズもおのずと増加してくることも想定される。

 法的な問題と併せて、感覚についての表現の難しさと、技術的な課題解決という点、或いは商標化の必要性に対する産業界のニーズからも、新商標についての議論や今後の展開は、興味深く感じられる。




    
参考

参考1 ヤクルト容器の立体商標が認められる 株式会社ヤクルト本社ニュースリリース
http://www.yakult.co.jp/news/article.php?num=515

参考2 色彩、動き、音等の「新しいタイプの商標」の保護 (月刊パテント 2009年4月号)
             ―米国及び欧州における保護の現状と産業構造審議会WG での議論を中心に―
http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200904/jpaapatent200904_055-064.pdf

参考3 ホログラムとは Weblio辞書 三省堂 大辞林
http://www.weblio.jp/content/ホログラム

参考4 トレードドレスとは Weblio辞書 広告用語辞典
http://www.weblio.jp/content/トレード+ドレス
      
参考5 商標法に関するシンガポール条約の採択について(特許庁総務部国際課)
http://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/singapore_treaty.htm
       
参考6 主な国等における新商標の出願・登録の動向(特許庁 特許行政年次報告書2008年版)
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2008/honpen/2-04.pdf#page=8
       
参考7 産業構造審議会にワーキンググループを設置し、動き、音等を利用した
           新しいタイプの商標について検討を開始しました 経済産業省/特許庁 2008年07月28日
http://www.meti.go.jp/press/20080728005/20080728005.pdf
       
参考8 新しいタイプの商標に関する調査研究報告書 平成20年3月 財団法人 知的財産研究所
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/1907atarashiitype_all.pdf
       
参考9 外国産業財産権制度支援事業 情報コーナー (社団法人 発明協会)
http://www.iprsupport-jpo.jp/soudan/joho/wipo_handbook.html#tag_3
      

筆者は技術経営創研 マッチング部 国際産官学連携支援チーム