石毛雅美 20110510




    
はじめに

 拙稿では、産業クラスターについて、まず産業クラスター計画の始動とこれまでの段階的発展について簡単にまとめ、次にモニタリング調査を通して見られる現状や課題にはどのようなものがあるかに触れる。次に、筆者が個人的に感じた産業クラスターの印象や課題について述べるとともに、最後に「自律的発展」という新たな段階に向けての期待について簡単に記述してみたい。

    
産業クラスターとは

  「クラスター」(cluster)とは、本来ぶどうの房を意味し、転じて群や集団を意味する言葉として用いられる。激化する国際競争の中で、我が国全土に所在する産業が生き残っていくためには、全国各地で地域の産業資源を活用したイノベーションが生まれ、新事業・新産業が創出されるとともに、さらにイノベーションの連鎖が全国に波及していくことが重要である。

 このため、地域の中堅・中小企業、大学及び公的機関等が、これまでの縦割りで一方的な関係、或いは、単に地理的に近接しているのみで相互に無関係な状態から脱却し、網の目のようになった水平的なネットワークを形成し、知的資産・経営資産などを相互に活用しつつ、産学官及び企業間連携を進展させることで、新事業が次々と生み出されるような事業環境を整備することが重要である。このようにして競争優位を持つ産業が核となって広域的な「産業・知的集積」が進む状態が「産業クラスター」と呼ばれる(注1)

 日本においては2001年度から、経済産業省が全国で新たな産業クラスターの形成を目指す「産業クラスター計画」を開始した。同計画はこれまでの類似の政策とは異なり、中央で決定したことを単純に地域の現場に当てはめるのではなく、地域ブロック毎に置かれている経済産業局等が企業や大学等を回り、様々な地域の産業実態を把握し、産学官のネットワークを構築するというボトムアップ的な展開に基づく計画である。従って、産業クラスターの形成を目指す様々なプロジェクトは、各地域経済産業局のイニシアティブによって展開されるものとなった。


(C)経済産業省

    
日本における産業クラスターの段階的発展

   ちなみに、産業クラスターは、その形成に20年以上の長期的スパンでの取り組みが必要であるといわれている。1980年代からクラスター形成に着手した欧米と比べれば、日本における2001年のスタートはやや立ち遅れていると言えるものの、この10年を経て、ネットワーク作りから事業成果目標の達成へと、着実な歩みを進めてきた。

 第T期のクラスター立ち上げ(2001〜2005年)においては、まず産業クラスターの基礎となるネットワークの形成・拡大に重点が置かれ、会員数増大に向けた活動が主に繰り広げられた。次の成長期である第U期(2006〜2010年)では、「事業の創出」が重要事項とされ、新事業開始件数が数値目標画として設定された(全国で4万件の開始を目標)。




経済産業省サイト「クラスターWEB」 産業クラスターとは(http://www.cluster.gr.jp/about/index.html)より


 さて、2010年度で第U期が終わり、今年度は新たな第V期のスタートを迎えることとなる。現時点では、第U期の成果について取りまとめられた資料はまだ発表されていないようである。今後示される成果発表等によりその実態が徐々に明確となるだろうが、ここでは、今の段階で必ずしもわかりやすいとは言いにくい第U期の産業クラスターの活動の一角について、現状や課題等を少し拾ってみたいと思う(注2)

    
産業クラスターの姿の一角

  第U期は、第T期における19の産業クラスタープロジェクトが統廃合・編成され、まず全国17のプロジェクトとして始動した。更に2007年9月に1つのプロジェクト(九州バイオクラスター)が追加され、その結果として現在18の産業クラスタープロジェクトが存在している。  産業クラスターの重点分野は、ものづくり、バイオ、環境、ITの4分野に大別されている。

 但し、いくつかのクラスターが複数の分野を重点とする場合もあり、参加企業の実際の割合は見えにくい。平成20年度のモニタリング調査にて調べてみると、その7割強をものづくり企業が占めており、現状では参加企業の大半が製造業という状況であることがわかる(その他はバイオ11%、環境10%、IT 7%で拮抗している)。

 ちなみに、第U期の18のプロジェクトのうち、事業成果達成に積極的なクラスターを推測するために、第U期初年に設定した数値目標(新事業開始件数)をみてみると、上位6件は以下の通りとなっていた。

★第U期初年における数値目標別ランキング(TOP6)

        1.関西フロントランナー プロジェクト Neo Cluster  8,000件/5年間
        2.東海ものづくり 創生プロジェクト  5,000件/5年間
        3.OKINAWA型 産業振興プロジェクト  4,500件/5年間
        4.北海道スーパークラスター 振興戦略U  3,000件/5年間
          地域産業活性化プロジェクト (京浜)  3,000件/5年間
          次世代中核産業形成 プロジェクト  3,000件/5年間

 件数はあくまでも目標値であり、現実には多様な事情が関連するものであるが、ここではクラスターの積極性を評価する一つの目安として取り上げた。上記にリストアップされたクラスターがどのような成果を得たか、今後の公表に注目したい。



    
モニタリング調査から見える特徴と支援の課題

  一方、第U期中盤までの実際の成果で特に好調なクラスターはどこであったであろうか。

 平成20年度のモニタリング等調査報告書によれば、新規研究開発進展(指標)で好調なプロジェクトは、北海道スーパークラスター振興戦略U(バイオ分野)、環境ビジネスKANSAI プロジェクトGreen Cluster、次世代中核産業形成プロジェクトの3プロジェクトであった。反対に指標が低いのは北海道スーパークラスター振興戦略U(IT 分野)及び情報ベンチャーの育成(首都圏ベンチャーフォーラム)である。 また、事業化進展(指標)と業績貢献(指標)を見ると、北海道スーパークラスター振興戦略U(バイオ分野)及び次世代中核産業形成プロジェクトが突出している。  一方、参加促進(指数)では、平成19年にプロジェクトに追加された九州地域バイオクラスターが他の地域を大きく引き離す結果であった。
 これらの成果を積み重ねてきているクラスターに関連する成果や動きは、今後も注目されよう。

 尚、日本の産業クラスターの支援活動は@情報、Aネットワーク・交流、B技術・研究開発、C製品化・販路開拓、D人材・資金の5分野に分かれるが、参加企業にとって、これらの支援サービスへの満足度はどのような状況にあるであろうか。

 同モニタリング調査によると、これらのサービスのうち、総合的にみて最も支援サービスの効果があったものは@情報分野であり、特に「行政の支援策や補助金の情報」への満足度は6割を越す高いものとなっている。  また、Aネットワーク・交流分野においては、大学や公的機関、官公庁や自治体等、従来難しかった異業種連携への効果が高く、4割前後が満足と回答している。一方で、商社等販路企業、金融機関とのネットワークについての効果満足度は低く、今後の課題とされた。B技術・研究開発分野で評価が高いのは「相談機会が得られる点」であったが、その一方で、「研究機関からの技術移転・特許取得」について評価する回答は少ないのが大きな特徴である。C製品化・販路開拓分野では、技術シーズ発表会や展示会等への参加によるマーケティング・広報機会を評価する回答が多くなっている(約3割)。しかしながら、D人材・資金分野は、全体として効果があったという回答は少ないものであった。

 このように、産業クラスターが支援するサービスについて、参加企業の満足度には大きなばらつきがあることが確認されている。 ちなみに、日本の産業クラスターの全体的な特徴として、情報提供や各種の人的サポート等は充実してきているといえるが、「各企業に対しての個別対応」が必要となる技術開発、資金、販路等の分野においてはサービスの充実に至っておらず、参加企業の不満が高いことが挙げられる。特に、国際交流や海外取引先獲得といった更に特殊なビジネススキルが必要となる支援においては、認知度・活用度ともに低い傾向にある。

  尚、期待度と効果が激しく乖離したサービスを抽出すると、

  • 商社等販路企業とのネットワーク
  • 研究機関からの技術移転・特許取得
  • 新規顧客、新規販路
  • 研究分野における人材の育成・獲得
  • 事業・経営分野における人材の育成・獲得
などがあり、これらについては今後の更なる施策の充実が求められている。

    
産業クラスターのブランド化について

  わが国の産業クラスターには上記に述べたような課題が見られるが、筆者は産業クラスターの推進に関連して、新たな視点から見てみたいと考えた。

 産業クラスターは、その究極的目標の一つとして「ブランド化による国際的集積の加速化・高質化」を掲げている(産業クラスター第U期中期計画等参照)。つまり、生み出された商品及びサービスが一定の評価を獲得して国内外に紹介されたり、クラスターのビジネスがメディアを通して有名になったりすることで、国内外での知名度・認知度及び付加価値を向上させ、また国際ブランド化を進めることなどを指す。各クラスターは、様々な取り組みを通してブランド化についても進めていることと思われる。

 一方で、「産業クラスター」というキーワードでインターネット検索を行うと、主に上位にヒットするのは(経済産業省のサイト以外では)、各クラスターの名称ではない「推進機関」の名称のWebサイト、あるいはその他の地域的なクラスターとなっており、その産業クラスターがもたらすサービスや商品などについて外から見た際にわかりやすい枠組みとなっているとは感じにくい状況とも言える。「ブランド化」とは、一般に対してイメージやコンセプトを端的に強くアピールし、理解して貰うこととも言える(注3)が、現状を見る限りこのような取り組みへの努力が感じられるとは言いがたく、更なる対応の強化が必要な点であると思われる。

 また、日本の産業クラスターはそれぞれ「計画」「プロジェクト」「支援活動」等の様々な長い名称を持つが、「クラスター」としての認知やブランド化という点で果たしてこれらは効果的であろうか。

 海外で著名なクラスターの名称例を見ると、米国の「バイオキャピタル」「バイオテック・ビーチ」、スイスの「バイオアルプス」、スウェーデンの「メディコンバレー」、韓国の「大徳(テドク)バレー」、中国の「上海国家生物製薬科技産業基地(上海薬谷)」「香港サイエンスパーク」、シンガポールの「バイオポリス」などが挙げられる(注4)。いずれも拠点となる「場所」や集中分野をイメージさせ、かつ覚えやすい(認知しやすい)コンパクトな名称のように思う。



 これに対し、「プロジェクト」という言葉は、その主体がプロジェクトの推進側にあるような印象も受ける。「場所」はクラスター参加企業がまさにビジネス活動するステージであり、これを名称に含むことでそのスポットライトが参加企業側にあると感じられ、認知を得やすいと思われるが、どうであろうか。

 成り立ちや運営形態が異なるため、クラスターを一概に比較することはできないのは前提として挙げられるが、産業クラスターの一般的・国際的な認知度を上げ光背効果を狙うという目的に対しては、クラスターの名称についてインパクトやキャッチーな視点を盛り込むことも、あながち無視できない点であるかもしれないと筆者は考える。

    
プロジェクトの自立化に向けて

  さて、今年度(2011年度)から、産業クラスター計画は第V期にあたる「自律的発展期(2011〜2020年)」のスタートを迎える。これまでネットワーク作りから新規事業化の目標へと一歩ずつ歩みを進めてきたことに基づき、今後は「クラスターの自立化」という次の確固たる目標に向け、目的や差別化要素を明確に定義づけての戦略的な対応が重要となるといえよう。

 このような状況の中、「我が国の競争力を牽引する先導的クラスター」と「地域主導型クラスター」の二類型化という新たな視点が浮かび上がってきた。「地域主導型」とは地域が主導する地域振興のためのクラスターであり、「先導的クラスター」とは、国際協力等の観点から全国的視野で形成を促進していくべきクラスター(航空宇宙産業、環境ビジネス、高度部材、バイオ産業等)のことで、国が主導するべきものであるとしている。平成22年度にも、既にこれらの視点に基づく支援が具体的に検討されている。

 一方、第V期をスタートするにあたり、上記と併せ、まずは個々のプロジェクトにおいて今後の生き残りをかけた差別化もますます重視されることとなるであろう。クラスターとしての独自色を強めていく上で、現状で充実しているとは言いがたい海外クラスターとの交流や、外資系企業の誘致等の戦略もさらに重要視されることとなろうが、まずは、クラスター自身の強みを的確に把握し、ブランドを確立させ、成長へ向けたビジョンを策定することが重要となるであろう。
 そのためには、中期的な戦略という視点からクラスターとして何が強みで何が売りになり、あるいは逆に何が不足していてこれをどのように補っていくかを検討していくことが必須である。これらを把握した上で、地域外の戦略的資源活用を含め、また参加企業の満足度等から見える課題への対応も含めて、クラスター推進力の醸成を更に進めていくことが望まれる。

 いよいよ、第V期の「自律的発展」へと進む日本の産業クラスターであるが、産業クラスターおけるイノベーション創出に向けて、上記を含む様々な視点を踏まえた更なる支援が展開され、成果として着実にクラスター自身の自律的発展と参加企業の更なる成長が達成されることは、今後の日本の産業全体、ひいては日本の産業底上げへと繋ぐ要素である。

 今の日本は世界における自身の存在感をより一層試されている最中にあるとも言えるが、日本各地域の企業や大学、公的機関による強固なネットワークという力は、日本産業全体を支えるインフラの一つとも呼ぶべき重要な可能性を秘めていると改めて感じられる。これまで以上に、日本経済のキーワードの一つとして、産業クラスターの動向には今後もますます期待されよう。


    
注記

注記1 産業クラスターの背景や定義等について参考となる文献の一例として、前田昇「地域イノベーションの成功要因及び促進政策に関する調査研究〜持続性ある日本型クラスター形成・展開論〜」第10回地域クラスターセミナー(2004年5月28日)を参照。(本文に戻る)

注記2 わが国では、「産業クラスター」のほかに、「知的クラスター」も存在している。「知的クラスター」とは、地域のイニシアティブの下で、地域において独自の研究開発テーマとポテンシャルを有する公的研究機関等を核とし、地域内外から企業等も参画して構成される技術革新システムをいう。わが国の「知的クラスター創成事業」は平成13年3月に閣議決定された「第2期科学技術基本計画」に基づき、文部科学省により平成14年から開始された。産業クラスターと知的クラスターとは全く無関係とはいえないが、拙稿では産業クラスターを中心に述べることにする。参考として、「平成21年度 知的クラスター創成事業パンフレット(日本語版)」  (本文に戻る)

注記3 ブランド化については多様な説が存在しているが、たとえば、ブランド化とは、「競合商品に対して自社ブランドに差別的優位を与えるための長期的なイメージ創造活動」ということになる(小川孔輔「ブランドの意味と戦略」JAMAGAZINE、2004年2月)、地域ブランド化とは、@地域発の商品・サービスのブランド化と、A地域イメージのブランド化を結びつけ、好循環を生み出し、地域外の資金・人材を呼び込むという持続的な地域経済の活性化を図ることである(経済産業省「第1回日本ブランド・ワーキンググループ資料」2004年11月)が挙げられる。(本文に戻る)

注記4 参考として、http://www.jctbf.org/jp/CHBW/link.0.02.1.21.htm。関連して、中国における産業クラスターの動向等に関心を持たれる方は、同産業クラスターの背景や動向を踏まえて紹介している一例として、張輝「日中ビジネスの展開における基本的なポイント〜誤解、難解、正解へのアプローチ〜」大阪市立大学大学院創造都市研究科 主催 ワークショップにて講演(2011年4月21日)参照。他の国の事例について参考となる文献の例示として、「産業クラスター国際比較調査(ライフサイエンス分野)報告書」 (平成19年3月)を参照。(本文に戻る)
    
参考URL

参考1 クラスターWEB
http://www.cluster.gr.jp/index.html

参考2 産業クラスター第U期中期計画
http://www.cluster.gr.jp/relation/data/pdf/2ndplan_outline_ja.pdf

参考3 平成20年度 産業クラスター計画モニタリング等調査報告書
http://www.cluster.gr.jp/relation/data/pdf/20y_clustermonitoring.pdf

参考4 産業クラスター政策について 経済産業省地域経済産業グループ
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/10081301_shibuya.pdf
      
参考5 産業クラスター国際比較調査(ライフサイエンス分野)報告書(平成19年3月)
http://www.cluster.gr.jp/relation/data/pdf/hikakutyousa_lifescience.pdf
      

筆者は技術経営創研 マッチング部 国際産官学連携支援チーム